決算期も最終日で安堵している皆さん、こんにちは。花粉症で鼻水が無限に出る宮下です。

いよいよ暖かくなってきて桜の季節ですね。

今年は奈良の吉野山へ桜を撮りに行こうと今準備中です。

 

とはいえ、東南アジアの日記終わってないんですが・・・

 

確定申告然り、その他の事務処理もろもろも一通り終わり、次に行く場所の再選定をしなければいけないんですが、

 

まぁ、ダラけるよね

 

春の暖かい風のせいとかにしちゃうんだけどとにかくヤバいよね。

何がヤバいって人としてこのままだとちょっとヤバイので色々動き出さないと。

 

日記ではキナバル山の山頂を目指すところでしたね。

夜更かしして夜空とキナバル山を撮って寝たよってところでした。

 

そして午前二時、幸いよく眠れたのか、ついさっき眠りについた感覚が残ったまま起床。出発は午前二時半からですが、この山小屋では早朝アタックのため、この時間からバイキングが開かれてるという至れり尽くせりぶり。昨日の夜から続く頭痛が心配になりつつも「飯を食えば治る」という暴論で無視することに。まぁ、高山病の初期症状で出る頭痛なので順応するか薬を飲むかの2択だったんですが、薬はうかつにも持ってきてなくてほっとくしかできなかったんですけどね。

 

部屋のメンバーはすでに皆起きだしていて「飯食いにいこうぜ」と急かされる。本当はマンディと食いたかったけど別に約束もしてなかったし、同室のマケドニア人と韓国人の私の三人で少し早い朝食。バイキング形式なのでそれなりの種類の食べ物があったが、なにせインドネシアに来て日が浅く、どの食べ物が自分の体に合っていないかわからなかった。その結果、私の皿には同じ種類の料理がどっさりと乗せられて、かなりマナー違反っぽい皿が出来上がってしまった。テーブルに持っていったら、ツッコまれると思ったが、マケドニア人と韓国人の二人は話に夢中で全くリアクションがなかった。この二人は私のようにエセイングリッシュとかのレベルではなく、フツーにネイティブっぽいレベルだったので話の断片しかわからず、テキトーに相槌を打ちながら料理を口に運ぶ。こちらに話を振られるときはゆっくり喋ってくれるのでいいが、そうでないときは目の前で悪口を言われても気づかないかもしれない。話の内容は多くが登山関連で、去年の地震で亡くなった方がいた場所にこれから行くんだぞ、みたいなことを話していた。

 

「それより俺、頭痛止まらないんだけど・・・」

 

と弱音を吐くと、韓国人が頭痛薬をくれた。

「俺の分は心配するな、こんなにある」

彼もこれほど高い山は初挑戦で心配になってたくさん買ってきたという、サンクス!

 

山頂で会おうとあいさつしてトレーを返し、ザックを背負って山小屋の入り口へ。マンディと合流するとテンションは高いもののよく眠れなかったようだ。登山歴は浅いが、睡眠の質と登山でのパフォーマンスは正比例するんじゃないかってくらい関係があると感じていた、マンディが心配だ。

 

これから上は鎖やロープを使いつつひたすら岩でできた巨大な坂を上るらしい。手にグローブをはめてアプソン(ガイド)を探す。

 

昨夜、レストランのテーブルを指さして「ここに集合」と言っていたアプソンは山小屋の外で仲間のガイドと座り込んでダベッていた。他のパーティは続々と出発していたので、マンディは若干お怒りだった。そんな彼女にはレストランで待ってもらい、人がいるところで名前を呼んでようやく見つけたのである。

 

「お、来たな」

アプソンがそう言ってゆっくり立ち上がる。

 

 

いやいや、お前が来いよ(笑)

 

アプソンは「タカサン!チョウシドウ!?」と、新宿のそういう街にいるフィリピーナみたいな質問をぶつけてくる。別にガイドが登山客の心配をしてるだけなのだが・・・マンディにはもちろん英語で聞いていたけど、ネイティブからすれば私が感じるのと同じように感じているかもしれないと思うと、ちょっと笑いたくなった感情はどこかへ消えて行った。

 

アプソンがコースの説明を簡単にする。それなりの急坂が続くので、途中で休もうとすると坂の斜面側に背中が来る。するとこれから登るために上を見る人の目に直接ヘッドライトが当たることになる。だからその時はライトを消すように。

そんな至極当たり前のルールが徹底されていることに感動する、道路の交通マナーは正直アレだが、山の上でのマナーは日本と遜色ないのではないか。

 

そうして私たち三人のパーティは出発。ここから先は渋滞が起きやすい場所だと聞いていたが、先に出発したチームはずいぶん遠くに見えたので煩わされることもないだろう。人がやっとすれ違えるくらいの道を列になって歩く。常に誰かのライトが自分の足元もついでに照らしてくれるので足元だけやけに明るいが、ほかのところは全くの暗闇である。岩の急坂はいきなりはじまるわけではなく、ゴツゴツとした岩が散見される泥まみれの道をただ進む。結構アップダウンが激しく、前後から「ゼェハァ」と音がする。先頭はアプソン、次にマンディ、そして私やほかのパーティという順で登っていたが、マンディの調子が芳しくなく、しょっちゅう止まっては短い休憩を繰り返していた。それでも辛抱強く進むとその道を岩の急坂を繋ぐ階段のようなところに出た。時間にして15分程度だろうか。周りの景色が見えないとこんなに時間を長く感じるものなのか・・・ざっくり計算すると岩の急坂は2時間30分ほど登らないといけないことになるな。

 

階段自体はしっかりと作られた木製のものでずいぶんと歩きやすいが、それでもマンディはつらそうに何度も何度も立ち止まって呼吸を整えていた。振り返ると我々を先頭にヘッドライト列ができあがっている。

 

山小屋までくる途中で早い人たちに幾度となく抜かれたとき、マンディは「兎とカメ」の話をして元気づけてくれた。その時は幾度と聞いた昔話自体ではなく、その童話がイギリス人やマレーシア人も知っていることに感動して元気になったが、今こそその借りを返すときである。ちなみに私はこのとき、ビックリするほど調子が良くて、韓国人にもらった頭痛薬も使わないのに、昨日山に登り始めたときより元気という謎のコンディションだった。

 

「俺たちチームのコンセプトは”ウサギとカメ”だ。だからどんなに抜かれても大丈夫。俺たちのペースでゆっくり登っていこう!」

 

マンディも昨日自分でそれを言った手前、拒めないのか、笑顔を作って立ち上がってくれた。

そうだ、俺たちは俺たちのペースで進めばいい。

 

そこからゆっくり、ゆっくり、階段を進む。数分だろうか。

 

たぶん角度的には90度とはほど遠いはずだが、真っ暗な空間に巨大な黒い斜面を目の前にすると”壁”を連想した。ロープをつかんで足を斜面にかけると、子供頃遊んだ大きなアスレチックが脳裏によぎる。

 

これで2時間も登るとしたら・・・

実際そんなことはない。まぁ、そういう場所もあるんだろうが、人間は不安に思った出来事をそのまま延長線上で考えてしまう。マンディは私の隣でため息をついた。

 

彼女はここでリタイアを決めた。

 

本人が「できない」となったら仕方がない。周囲の者が無理やり励まして強行させるのは危険だろう。

 

こういう場合、具合が悪くなった人を単独で下山させるわけにはいかない。知識豊富なメンバーが同伴しなければ事態が悪化しかねないからである。つまりアプソンはマンディ―と下山することになった。

 

「タカさん、この山の登山者チェックはとても厳しい。地震のときに大変苦労したからだ。絶対にチェックポイントで登山カードを見せてね。絶対ほかのルートから行かないでね!」

 

このことは特に重要らしく、何回も言われた。ほかにもロープが朝露で滑るから気をつけろだとか、ほかのチームにくっついて歩けとか、自分のペースを守らないと疲労で滑落するぞ、とか。その会話の間にも後続のメンバーが次々に岩の急坂を上っていく。二人に挨拶をして、その中に紛れる。話す相手もいないので黙々と登る状態になった。

 

登りの列は度々渋滞した。一本のロープにつかまっていい人数には限りがある。遅い人間がいるとどうしてもその後が詰まる。標高も3500mを越えた真夜中なのでそれなりの寒さだが、それでも見上げる星空の見事さで「それもいいか」と思えてくる。そうして人の列に従っているとチェックポイントが見えてきた。ほかのチームに続いて名前を言ったのでガイドのことは聞かれなかった。

 

チェックポイントを越えると急だった坂は徐々になだらかになっていき、狭かった登山道は本当にだだっ広い空間に変わった。ここにあるロープは坂の上るためのアシストというよりはこの広大な岩場を最短ルートで頂上まで登るための道標といったほうがしっくり来る。

 

こういうところまで来るとちょっとくらいロープから離れても・・・と一瞬思ったが、初見の場所ではしゃぐのは死ぬ危険が10倍くらい高くなるのでおとなしくロープに沿って歩く。荷物のわりに大分軽快に進めたのか、結構な人数を追い抜いて頂上付近までたどり着いた。ここまで来ると登ることで蓄えた熱量が止まると寒さで一気に霧散してしまう。かといってずっと登っていられるほど身体は順応してはいない、調子がいいとはいえ、いつもより圧倒的に息が上がりやすい。小さく登って、短く休む。岩の坂を越えるたびに頂上が見えないことにガッカリする。

 

歩き始めて2時間50分、ライトの列が伸びる先に赤い光が点滅しているのが見えた。頂上だ。

どうやらご来光には間に合ったようで真っ暗闇の中、山頂の看板にタッチ。

星は綺麗に見えるが真っ暗なので高さの感覚が全然ない。その辺の人に聞いて日の出の方向を聞く。

 

三脚とカメラをセットして日の出を待つ。海抜4000mを越える頂上はすさまじく寒く、頑張って早く登ってきたことを後悔するほどだった。さきに頂上に到達した人々の元気がなく見えたのは疲労ではなくて寒さだったんだろうな・・・中にはびっくりするほど軽装の人もいて、準備不足とはいえずいぶんかわいそうだと思った。

 

そして日の出。

雲海の先が薄く光る。

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重なり合った雲海は厚く、しかも山頂付近しか顔を出していないような高さだった。雲という空に浮かぶ存在にしてはあまりにもゴワゴワと硬そうなイメージだった。登ってきた岩山をイメージして暗く重く見えるように撮影。

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頂上近くにある岩山。これほど急ではないが、斜面の質はこの岩山と同質である。日の出前後の薄暗い光でなんとか登ってきた場所がどんなところだったか明らかになった。

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雲海は空気の流れに乗って動く。空気が山を越えれば雲もそれに乗って山を越える・・・わけだが、理屈で分かっていても雲の怪物が岩山を飲み込もうとしているように見える。目の前に広がるダイナミックな映像に効果音やBGMがないのも絶景を生で見たときの特徴かもしれない。

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これは実際に登ってきた場所。岩の稜線、左の方にになんか出てるのわかりますか。これ人です、こういう圧倒的スケールにいや応なく圧倒されます。

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あれやこれや撮っていたら日の出直後の眩しいけど強すぎない光はどこかにいってしまった。徐々に明るくなって逆光の部分にも色がつきはじめる。それにしてもこの山はすごい形をしている。

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稜線が険しすぎ。登山道じゃないけどあそこは行けたらかなりスリルがありそうだ。恐竜の化石みたいな形をしている。

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そうこうしているうちに頂上にいた人たちは戻り始める。ご来光を見たので用が済んだというところだろう。ガイドに促され続々と帰還していく。感動してすっかり忘れていたが、そういえばここには一人で来たんだった。適当な頃合いを見て帰らなければ。

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場所によってはすっかり雲海がなくなっている。ってか、本当に岩山だな。これで地震起きたらホントヤバイだろ。

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一応山頂も撮影。これを撮影しているときに「自分の写真も撮らないで看板とって何が面白いの?あいつバカじゃね?」って白人の若者に悪口を言われた。

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もうね、めちゃくちゃ感動した。

 

ネイティブがボソボソ言ったセリフを聞けるようになるなんて、やっぱり英語は現地で覚えるべきなんや!

 

山頂ついたよりそっちのほうが達成感あった。

 

そのメンバーがいなくなるといよいよ山頂に一人になる。荷物をザックに詰め込んで背負いなおすと、ロープを伝って下山開始。帰りの道は太陽のおかげで全部見えて楽しい。途中雨が溜まった池に巨大な岩山が写りこんでいた。乾季の山頂に雨が降るのは数年に一度だという。この景色はレアリティが高いみたいだ。

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そして山頂を振り返る。下から見るとピラミッドみたいになった場所だったのか。名残惜しいのか、少し下ったところで山頂と写真撮影する人が何人もいた。

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逆光の中、来た道を戻る登山者。壮大な景色、とはこういうことを言うんだろうな。最初にこの光景を見た人は何を思ったんだろうな。

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明るみに出たロープ。やはりだだっ広いところを最短距離で歩くための道標だったか・・・ちなみに少しぐらいロープから離れても足がはまりそうな穴とかはありませんでした。

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斜面の岩肌。ところどころに草が映えてるんだけど基本的に全部岩石。ヒビがたくさんあってどうやら割れると平たい岩板ができるみたいだ。3畳くらいの大きさをした岩板があちこちにあって、正直びびりました。ちょっとの揺れてズレ落ちてきそう。

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登ってくるのに時間がかかったのは伊達じゃなかった。ロープはひたすら続き、雲の中に伸びているよう。

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斜面と岩山。地球っぽくない光景が延々と続く。これてよかったなー。

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こうやってみるとみんな軽装である。山小屋に荷物を置いて必要最低限の装備で目指すのは基本なんだけど、私は盗難が怖いので全部持ってきました。ゆえに重心が高いと転びそうで下りで一層気を揉む始末。それにしても自然ってのはすごいなー。

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途中で日傘をさして歩いているチームを発見。昨日見かけたカラフルな傘は登山客用の日傘だったのか・・・

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岩肌と雲海。色味が少なく、水墨画のような景色だった。

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ようやくチェックポイント近くまで戻ってきた。帰るペースが遅かったのが幸いして雲海が薄くなるのと同じペースで降りてこられた。ここから先はこの雲を抜けないといけない。

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ザックにカメラを詰めるとすごい勢いで登ってくる奴がいる。アプソンだった。

 

「タカサン、イッパイシャシントレタ?」

絶景に感動し、何回もシャッターを切ったことを伝えると彼も嬉しそうだった。

 

靴ひもを縛りなおして本格的に下りだす。下山はケガをする確率が高くなるので下りると決めたら集中しなければいけない。本腰を入れたら早いもので登りの苦労はどこへいったのかというくらいすぐに山小屋についた。

 

マンディと再会する。彼女は人間ができた人で暗い表情も見せず、山頂にたどり着いたことを祝福してくれた。山小屋で少しだけ休憩をとり、その後速攻で下山。行きと同じようにアプソンは他のガイドとおしゃべりするため、パーティーから度々離脱し、マンディはご立腹を通りこして呆れていた。

 

森林限界まで戻ってきたあたりで景色が開けたので撮影。昨日はガスっていてまったく見えなかったけど、こういう景色だったのか。山頂と全然景色が違う、昨日の時点でたとえ見えていても山頂の感動は少しも減らなかっただろう。

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そうして無事、事務局まで降りてきて登山終了。山頂へ到達した賞状みたいなのをもらったが正直いらなかった。

 

午後早くには下山して、おととい泊まったホテルへ。ここで気づいたがマンディも同じホテルに泊まっていたので夕飯の約束をしてチェックイン。疲労もあってすぐに寝てしまったが、夜になってシャワーを使おうとすると水が出ない。トイレも流れない。

困ってホテルのオーナーに言ったら、お湯を作ってくるからそれと汲んできた水を混ぜて使ってほしいとのこと。

 

「え、じゃあ、その分安くしてよ」

と思い交渉。一日中歩き回ったのもあるし、疲れをとる意味でもシャワーを楽しみにしていたのに・・・おととい泊まったときはちゃんと使えたのに、その時と同じ料金でシャワーが使えないなんておかしいと思いました。疲れて若干怒りやすくなっていたのかもしれない。

 

「安くはしないよ。シャワーはお湯と水を混ぜたものをかぶれば大丈夫。」

「いやいや、シャワーはもちろんそれで代替できるけど同じ値段なのはおかしい。少し値段を下げてくれ」

 

この問答がしばらく続き

「わかった、金返すからほかのホテルを探すといい」

と言われて金を返されました。

 

マンディは彼らの言っていることもわかるし、あなたの言っていることもわかる。ただ、今からホテルを探すのは正直大変よ、とたしなめてくれた。そう、ここから街まではバスで二時間。そのバスもいつ来るかわからず、バスを待つ唯一の施設であるレストランももうじき閉まる。妙な胸騒ぎがして速攻で荷物を撤収。

 

マンディに別れの挨拶をしてホテルを後にする。彼女のおかげで登山はすばらしいものになったし、本当に出会いに感謝した。別れがこんな形になってしまったのは残念だが、そうしたのは自分なので次の行動をとるしかない。ホテルを出る間際、ホテルのオーナーは「地震の後、水道の調子がおかしくなって・・・」と話していて少し同情したが、チェックインのときに事前に話してほしかった。こういう怒りって自分の期待値に自分が裏切られてるだけなんだよなー。まぁ、でも使えるっていってお金とって使えないのはダメでしょ、とシンプルに考えてチェックアウト。

 

ホテルを出て30mほど離れたバス停に荷物を置き、レストランでバスの時間を聞いた時にバスがちょうど到着。予定時刻の20分遅れで到着らしく、この辺では珍しくないらしいが、その遅刻で救われた。次のバスは4時間後だった。

 

こうして無事に街まで到着。初日に見つけたゲストハウスでシャワーを浴びて布団に入り、行動してよかったなーと思いつつ就寝。次の日は当然のごとく寝坊しました。

 

登るものも登ったし、クアラルンプールに戻ってまたタイを目指します。

 

それでは!