ロシアは治安が悪い、これにNoと言える日はいつか来るのだろうか。

 

そこで泊まった民泊のオーナーはそのことをまさに肌で感じていたのだろう。

 

彼女の名前はイリーナという、明るくて人懐っこいドイツ語とロシア語を話すナイスなおばさんだ。

 

バイクをどこに駐車していいか聞いたとき、イリーナは本当に全力で対応してくれた。

 

わざわざバイクを押す俺を歩道から先導し、近くの駐車場に出向いてはその駐車場の管理人をネットで調べ、夜分にも関わらず果敢に電話し、少しでも詳しそうな友人にまで聞いて安全かどうかを確かめた。

 

少しでも不安要素があると首を振って踵を返し、また別の駐車場で同じことをする。

 

日本よ、これが世界だ。これこそ、全身全霊のおもてなしだ。

 

ネバーギブアップ。

ドントルックバック。

 

でも、たまには後ろも見てほしいな

 

だってね、もうね

 

 

そろそろバイクを押す俺の腕がとれちゃう。

  

 

 

 

あああああ!許してください!

この辺に停めさせてください!

 

英語も日本語も通じないイリーナはこちらの弱音になんか負けない。

ニュアンスは確実に伝わっているはずだが、底抜けに明るいのでひたすら励ましてくる。

 

そして新しい駐車場に着くたびに額をぬぐうジェスチャーで意思の疎通を図ってくるのだ。

 

「(いやいや、あんたは疲れてないだろ・・・)」

 

車輪がついているとはいえ、バイクはちょっと痩せた曙くらいの重さがある。

距離が延びるごとに共感の溝も深まっているのだが、彼女はそんなことなんか気にしない。

 

 

ホテルの周り一区画をぐるりと回り終え、どうもそういったところがないことを悟るとイリーナはようやく足を止めた。

 

チャンスや!これはチャンスや!!

 

チャンスの女神は前髪しかないという。

取れそうなくらい疲れた手でその前髪を鷲掴みにする勢いで迫る。

 

「ホラ!見て見て!日本からこんなに頑丈なロックを持ってきてるんだ!」

バイクのロックを人に、しかも一生懸命自慢したのはこれが初めてだ。

 

一方のイリーナおばさんは顎に手を当て、俺の少し手前を見つめながら止まっていた。

 

嗚呼、これは完全に聞いていないパターンや。

 

 しばらくしてイリーナはまたパッと笑顔になった。

「・・・わかったわ!私の部屋なら安全よ!」

 

ドイツ語はわからない。でも、たしかにこういったと思う。

 

そして同時にこう思いましたね。

 

何を・・・一体何を言っているんだ・・・

  

ロシアのマンションといえどクッパ城のようにトラップが敷いてあるわけじゃない。

 

イメージに一番近いのは日本の郊外にある団地みたいな場所だ。

 

日本と違う場所をあえて挙げるとすれば、マンションの入り口をキーロックで開けると、なんだか精神が不安定になるピロピロという音が鳴るくらいか。

 

そのマンションの一室であるイリーナのプライベートルームへ250ccのバイクを運ぶ、と言っている気がする。

 

そうか、ははーん、わかったぞ。

ロシアにはピザハットのように夜間でも電話ひとつで来てくれる引っ越し屋がいるんだな?

 

マンションの入り口に着くとバリアフリーとは無縁の階段が普段より3倍増しくらいの存在感を放っている。一段なら乗り上げられるが、階段を上る技術は持ってないぞ・・・。

 

ドライ!ドライ!

 

指を三本突き出して笑顔で言う。

わかるわかる、俺もスーパードライを3本くらい飲んで寝てしまいたいくらい疲れましたわ。


アサヒ スーパードライ 350ml缶×24本
そしておばさんは腰を低く下すと、おもむろにバイクの前輪をつかんだ。

 

 

待て待て待て、わかった。

理解した、完全に理解したぞ。

 

ドライってのはドイツ語で「」だ。

 

【完全解説】イリーナおばさんのパーフェクト安全駐車計画

1.バイクを持ち上げます

2.マンションのエレベーターに押し込みます

3.3階にある部屋にぶち込みます

 

うすうす気づいてたさ・・・

 

こいつはやべぇことになっちまったぜ・・・

 

もう腕がとれるとか弱音を吐いてる場合じゃない。

 

ここで俺が男を見せないとおばちゃんがギックリ腰とかになってしまう。

 

やるっきゃない、やるっきゃないぜ!

 

・・・

・・・・

・・・・・

 

そこからどのくらい時間が経っただろうか。

両手の指が余すことなくプルプル震えるころ、

 

バイクはついに部屋に収まった。

 

うおおおおおおおおおおおお、やったのか!これで寝れるのか!

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ちなみに途中、バイクがつっかえてエレベーターに収まらず、俺が完全にあきらめたところ

 

イリーナおばさんが一人でバイクを持ち上げて解決したというウルトラCもあったりした。

 

完敗しましたね、ハイ。

 

 

二人で一通り喜んだあと部屋を出た。

 

 

バイクを停めた部屋と寝る部屋はマンションの棟が違う。

このおばちゃん、マンションの部屋を別棟に2つ持っているのだ、なんというお金持ち。

 

そして自分が富めるとも人へのやさしさは忘れない。

ちょっと強引だがすばらしい人間性である。

 

暗がりの道を二人で歩く。

 

もうだいぶ遅い。

マンションの棟がいくつもあるとはいえ人影は見当たらない。

 

一般人が歩いているわけではないし、逆にいかにもな連中がいるわけでもない。

 

薄暗く心細い照明の下を二人して歩いていく。

 

出発前に何人かのライダーから「危ない地域では家にバイクを入れる」って話を聞いてたけど、まさか本当にバイクを部屋にぶち込むんだなー・・・

 

そんなことを考えていた矢先

 

カランカラン・・・

 

無人のはずの後方に物が落ちる音がした。

 

 

バッと振り返る。

おお!?ビビった。なんだなんだ?

 

目を細めてソレを見る。

 

これは・・・プラ瓶?

空から降ってきた?なんで?

 

イリーナおばさんを見る。

 

この日初めて見るしかめっ面でマンションの上を指さした後、右手を左腕の二の腕に持ってきた。

 

注射のジェスチャーだ。

 

あぁ・・・そういうこと。

なんでおばさんがあんな必死だったのか、この出来事で理解した。

 

到着した当初は夜とはいえ女性一人で犬を散歩したり、子連れの家族も歩いていたから大丈夫だと思っていた。

 

けれど、ここはそういう人間がいる地域なのだ。

 

おばさんは遠方から来たゲストのため、オーバーザベストの精神で戦ってくれたのだ。

 

 おばさん、本当にありがとう。

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こんな俺に何が返せるだろうか・・・

 

 

とりあえずBooking.comの評価はマックスでつけときます。

 

ちなみに次の日の朝、おばさんは筋肉痛だと言っていた。

レスポンス早くて若いな~と思いましたね。

 

え?俺?

俺の筋肉痛がおばさんのより半日遅刻したのは俺と君たちだけの内緒だぞ!

 

それでは、また!

 

世界一のおもてなし